アメガヤンデ

5年ほど前から年1回の神経心理検査を受けられているNさん(男性)は、大正15年生まれの97歳。
この日も雨上がりの道をお一人でゆっくり15分程歩いて検査を受けに来られました。
もう笑顔が素敵で、いつもNさんとお会いするといっぺんで幸せな気持ちになります。
<お若く見えますね>とお世辞抜きで申し上げると、「昔からうちは男は若づくりの家系なの」とのこと。
検査も一生懸命に、なおかつ楽しそうに受けられて、常ににこにこして、物腰も穏やかです。それでいて、壮絶な体験なども過去にされているのです。
滲み出る優しさと屈託のなさに、何というか、とてもきれいなものを見た、というような気持ちになります。もちろん優しい方はたくさんいますが、ここまで感じさせる方は本当に稀です。
何が違うのだろう…といつも考えさせられます。心根の本当にきれいな方は、ちょっとやり取りするだけで分かるというか、心が震えるような感動があります。いやいや大げさでなく。私もいつかこんなふうになりたい。なれるかな。目標です。

さてさて、神経心理検査には文章を書いてもらう書字課題というのがありますが、Nさんが今回書いたのは、「アメガヤンデ、タスカリマシタ」(表記ママ。以下も同じ)。
何だかチャーミング。
確かに朝方はけっこうな雨でしたが、すっかり晴れ上がりましたものね。

後で過去に書かれた文章を振り返って見たら、初回には「ねぶそくでボヤットして居る」。その後は「今日はよくねむれたよ」「キョウワヨイテンキデス」「おはよう きょうは仕事をしようかな」。そして前回が「キョーワ雨フリデコマリマシタ」。およそ1年毎ですが、何となく繋がっていて楽しい。

「皆から100歳までって言われて、おだてにのっているの」と笑っておっしゃっていましたが、100歳までどころか、その先もずっとお元気で。私にお手本を見せ続けてください。

部屋から見える夕暮れの風景。2023年もあと少し。

ゆりかごの赤ちゃん

2年ほど前、病院のもの忘れ外来で神経心理検査を取らせていただいたとき、ある女性のしてくださった話がずっと心に残っています。
当時90歳で、エレベーターのない団地の4階でお一人暮らしをされており、白髪のショートカットで銀縁メガネをかけた、上品な印象の方でした。度の強いメガネのせいか、目が少し大きく見えました。
明らかな近時記憶障害と、軽い見当識障害がありましたが、それ以外はしっかりとされていました。

「何か心配なこと、気になることはありませんか?」の質問にはこう答えられました。
「特にないですね。長男と次男の嫁たちが毎日電話かメールをくれる。心配なんでしょうねえ、やっぱり。忙しいから、メールが多いかな。『今、朝ごはんを食べました』とか、一言ですよ、メールっていっても。でもそれでも安心するらしくて」。

そしてどうしてその話になったのか覚えていませんが、こんな話を始めたのです。

「近所のご夫婦が、40代で初めて子どもができて。ご主人が46歳で、奥さんが41歳だったかな。16年目でやっと授かって。そのお子さんを、うちで預かることになったの。『もしも何かあったとしても、決して責任を問うたりしませんから、みてもらえませんか』ってお願いされて。」

唐突に始まった話に初め私は、今のできごとかと思いましたが、思い出話のようです。

「そのとき主人は定年退職したばかりで、何もしないで家にいたから、『お前は一切何もしなくていいからそこにいろ』って私に言って、家の中のことを全部やってくれて。私は、流しにお皿がたまっていても、何があっても、赤ちゃんのそばを離れないで、ずっと見ていたの。毎朝、その子のお父さんが着替えとミルクをゆりかごの中に一緒に入れて預けに来るから、そのゆりかごを、上に(落ちてくるような物は)何もない部屋の隅において、私は一日中ずっと見ていたの。1年以上かな。当時は生まれたばかりの赤ちゃんを預けられるようなところはまだなくて、そのうち、新しい保育所ができたから、それまではうちでずっと。
その子がね、もう30いくつで、家から歩いて10分くらいのところに住んでいるんだけど、私を本当のおばあちゃんのように思っているって言ってくれて…」。

幸せそうに、愛おしそうに、その女性は微笑みました。

いい話だなあと思ってずっと聞いていました。

今年初、セミの抜け殻発見。壁のデコボコにつかまって羽化したようです。

鳥の世界

何回目かの神経心理検査を受けに来られたYさんは95歳の女性ですが、自ら「97歳」と述べられました。昨年94歳のときは「95歳」と答えられていたようなので、Yさんのなかではいつしか少しずつ時間が早く過ぎているようです。

少し会話しただけでイントネーションで感づいて(東北の人だな)、出身を尋ねると案の定。しかも同郷(山形県)でした。

「田舎弁丸出しだからね」。「田舎弁」という言葉すら懐かしい。

検査の書字課題では「毎日が忙しい」と記されました。
「インコを飼っているから、その世話で忙しいの。餌をあげたり、お水を交換したり。お花も好きだからいろいろ世話している」とのこと。

娘さんが3人、息子さんが1人いらっしゃいます。Yさんはかつて今でいう家庭科の教員をしていたそうですが、お子さんのうちのお2人も学校の先生をしていたとのこと。もう定年退職されているそうですが。

お話は流暢でしっかりとされていて、表情も若々しく、とても95歳には見えません。思わずそう述べると、「97歳よ」と訂正されました。

「でも頭はずっと前から老化。ぼうっとしちゃって、鳥の世界になっているから」と笑う。

「仏様に毎日お水をあげて、ごはんをあげて。そのために生きているのかなと思う。『いつ死ぬんだろうね』って娘たちといつも話してます」とさらりと話される。

検査後に、お互い雪国育ちの苦労話などを笑いながらひとしきりしゃべって、待合の娘さんのもとへご案内すると、「そちらから笑い声が聞こえてきて。こんなに明るい声は久しぶりに聞きました」と娘さんも朗らかに話されました。
私も本当に楽しいのです。95歳の方とおしゃべりできるのはとても光栄で幸せなこと。

それにしても「鳥の世界」ってどんななんだろう? しばらく想像を巡らせました。

桜並木は今は涼やかな緑のトンネルです。