溢れる回想

新年度になり、週に1回行っている回想法グループにも新しいお仲間が増えました。
回想法とは主に高齢者を対象とした心理療法で、これまで体験してきたことや様々な思い出などをお話していただく場です。グループ回想法では、自己紹介から始まり、次にテーマを1つ決めて語り合うのですが、初参加されたSさん(87歳、女性)はもう自己紹介のときから次々と回想が溢れ出るといった様子で、途切れることなくたくさんお話されました。

Sさんは福島県生まれ。生家は大きな農家だったようで、食事はまずおじいさんとおばあさん、次に両親、そして子どもたちと女中というように、食べる物の内容も、食べる部屋も違っていたというところや、女中さんたちを家から嫁がせたという話からも豪農の系譜だったことが窺われます。
農耕用に牛や馬を飼っていて、特に「馬の匂いが好きだった」とのこと。匂いを嗅ぎながら撫で過ぎて、蹴られたこともあるそう。他にヤギや羊もいて、羊の毛はセーターや布団の中わたになったそうです。・・・

自己紹介では出身地をお聞きしただけですが、それだけでもう、話はどんどん膨らみます。

その日のテーマは「春の山」。
テーマの発表後もSさんは生まれ故郷の豊かな自然にまつわる話をとても生き生きと語られました。口調は静かに淡々と、といった感じなのですが、表現力も豊かで、聴く者を飽きさせません。
タラの芽、ワラビ、フキノトウ、ナズナ、セリ…。こういったワードから他のメンバーもたくさんの思い出がよみがえっていたようです。

さて、Sさんのお話で場が最も盛り上がったのは、ヘビの話題。
春になって暖かくなってくると、冬眠していたヘビも姿を現しますね。
Sさんのところでは、毒を持つ危険なヘビ、マムシもよく出てきたそうで。
Sさん曰く「マムシとタヌキがケンカしているの見たことあるよ」。
ハブとマングースならぬ、マムシとタヌキの対決!は、マムシが逃げて、タヌキが勝ったとのこと。
またあるときは、Sさんの家の井戸にマムシが落ちて出られなくなってしまい、「中で泳いでるのを、つるべで取って」<助けた?>「助けないよ」。焼いて食べたそうです。・・・何というか、逞しい。
夏には吊った蚊帳の上に天井から大きなアオダイショウが落ちて来たこともあるようで。蚊帳がなかったらと思うとゾッとします。・・・

自然豊かな福島の山間部で育ったSさんは、高校を卒業後、編み物を学ぶために上京します。<故郷を離れて、寂しかったのでは?>「ぜーんぜん」。東京はどんなところかと、わくわくしたとのこと。「ただ訛りが抜けなくて、よく真似されて恥ずかしかった」。でも暗く陰湿な感じでは全然なかったようで。学校の寮でのお友だちとの生活は新鮮でとても楽しかったそうです。
そんなSさん、「寮の食事で一番美味しかったのが、モヤシ」と言います。「福島にはなかったからね。シャキシャキしてすごく美味しいと思った」。安価なモヤシはその後も年中出てきて、Sさんを喜ばせたようです。

「楽しかったから、次からも来るよ」と言って帰られたSさん。
流れる川のように滔々と溢れ出るSさんの回想を、次回からも傾聴させていただきますね。私もとても楽しみです。

先週、帰省しました。山形も例年より早い開花で、ちょうど満開の桜を見ることができました。

山形名物、冷たい肉そば。帰省中、一度は食べたい。

最終日の早朝、部屋の窓から。前夜遅くから雪になったようで、積もっていてびっくり。
お昼前にはすっかり融けましたが、この度の帰省では桜も雪も楽しめました。

うわの空

83歳のAさん(男性)は、長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)とMMSEという30点満点の認知症簡易検査でそれぞれ3点、8点でした。これは重度認知症と評価される点数です。
実際にAさんの認知症はかなり進んでいて、語彙も大分少なくなっているようでした。
言葉の意味理解も低下していますが、簡単なやりとりは可能で、ご自身のお誕生日も正しく答えることができました。
ところが年齢を尋ねると、「46」ときっぱり。
<46歳?>「(頷いて)うん」。
(ああ、今その時代にいらっしゃるのですね。あるいはその数字が好きなのかな?)

やりとりしていると、Aさんから時々「うわの空」という言葉が出てきます。
会話のときだけでなく、復唱課題というのがあるのですが、そのときもちょっと長い文章になると、途中で「うわの空」が出てくる。
課題の質問の意味が分からないようなときも、「…うわの空」。Aさんの口ぐせのようです。
その言葉が好きなのかしら? 言った時の感じが心地よい?
Aさんは「うわの」というところにちょっと力を込めて「空」までを心なしゆっくり気持ちよさそうに発音するので、聞いていても何だか心地よい。

「うわの空」。知っている言葉ではありますが、何となく改めて調べてみました。
 出典:デジタル大辞泉(小学館)

1. 他のことに心が奪われて、そのことに注意が向かないこと。また、そのさま。心が浮ついて落ち着かないさま。
2. 天空。空中。そら。
3. あてにならないこと。根拠がなく不確かなこと。また、そのさま。

ちょっと、言い得て妙という感じもしないでもなく。

ところで検査には構成力などをみる模写課題というのがあるのですが、Aさんは重なった五角形や、立方体を、正しく描くことができていました。
また抽象的思考力をみる課題では、例えばリンゴとバナナであれば「果物」のように、似ているところ、共通しているところを答えていただいくのですが、時計と定規の共通点を「はかりもの」とほぼ正しく答えることができました。
30分以上かかる検査に最後まで穏やかに、「うわの空」でなく落ち着いて取り組んでくださいました。

不確かな世界で生きていらっしゃるAさんの、今できていることに少なからず感動します。

石畳の間からも小さな新緑。

どちらもほんとの気持ち

もの忘れの自覚があるかどうかを知りたいとき、だいたいは誕生日や年齢を尋ねた後に「皆さん、お年を召すと、もの忘れを気にされる方が多いのですが、〇〇さんはいかがですか?」というふうにお聞きします。
こんなふうに尋ねなくても、早々に自ら「この頃ものすごく忘れっぽくて困っています」と訴える方も多いですが。

つい先日、88歳のHさん(女性)に「もの忘れは気になりますか?」と尋ねると、
「もの忘れは心配しているけれど、自分ではないつもり。一瞬、忘れることは多くなったけど、落ち着いて考えると大丈夫。大事なことは思い出します。でも忘れることは多くなりましたよ。スポッと忘れることはないですけれどね。忘れることは確かに多くなりましたけど、まあ歳だからしょうがないなと思ってます。でも大事なことは覚えています。まあ忘れることもあるといえばあるけれど…」と答えがぐるぐる。

もの忘れが気になるのです。
もの忘れがあると思う、ないと思う、どちらもほんとの気持ちでしょう。

もの忘れの自覚があるかないかは1つの指標となりますが、認知症の少し手前の状態や、認知症の初期では、自覚があることがほとんどです。
昔は、認知症の人は自分では分かっていないから楽でいいわよね、なんて言い方もされていましたが、最初にもの忘れに気付くのは自分自身です。そして人知れず悩んでいる期間が長く続くことが多いです。
人の名前が出てこないとか、ついうっかり約束を忘れていた…なんてことは誰にでもあると思うのですが、ここで言っているもの忘れはもう少し深刻で、「さっきもこの話、したでしょ?」と言われても全然思い出せないとか、「昨日〇〇に行ったよね」と言われても全く覚えていないとか、ざわっとするような記憶の欠落。「ああ、そうだったわね」と取り繕いながらも、内心はそうだったかしら…と不安になる。

Hさんはごく軽度の認知症の方です。
Hさんのように、なんかおかしい…、いやでも大丈夫、という2つの気持ちを行ったり来たりする方は多く、尋ねる度に「(もの忘れが)気になる」「気にならない」と答えが変化することも少なくありません。
なので「もの忘れはありません」と言ったからといって全く自覚がないのかといったらそうでないこともあるので、「自覚のない人」とすぐにくくることはできないのです。

Hさんはもの忘れ以外にも気になることがあるようで、おずおずと最後に「あの。聞いていいですか?」と質問されました。
「私お酒、強いんだけど、これっていいの?」
お一人暮らしをされているHさんは、土日に赤ワインをグラス2杯飲むのが日々の楽しみだそう。「土日以外にも飲みたくなってしまって」。
飲みすぎなければいいと思いますよとお答えすると、かかりつけのお医者さんからもそう言われたとのこと。であればぜひ楽しんでください、そう言うと嬉しそうでした。
10歳くらいは年齢より若く見えるので、そうお伝えしたときも嬉しそうでしたが、ワインの話をするときはもっといい表情になって可愛らしい方でした。
日々の楽しみがあるという話をお聞きすると何というか、とてもほっとします。

満開をちょっと過ぎて、花びらのじゅうたん。

小さな公園も桜のじゅうたん。仕事帰りの道すがら。

日日是好日

仕事柄、毎日のようにご高齢の方々とお話をさせていただいています。
もうかれこれ10年以上、そのような仕事をしていますが、それは想像以上に楽しい日々です。いろいろな方がいらっしゃるので、楽しいというと語弊があるかもしれませんが、高齢の方々とやり取りする日々は間違いなく私の人生に深みや豊かさを与えてくれています。

ふとした言葉、ふとした表情、ふとしたしぐさ。
日々の忙しさのなかで忘れ去られてしまうのはもったいないので、ここにこうして記すことにしました。

無理なく少しずつ綴っていこうと思います。

歩きながらお花見。木によって咲き方が違うけれど、満開まであと少し。