どちらもほんとの気持ち

もの忘れの自覚があるかどうかを知りたいとき、だいたいは誕生日や年齢を尋ねた後に「皆さん、お年を召すと、もの忘れを気にされる方が多いのですが、〇〇さんはいかがですか?」というふうにお聞きします。
こんなふうに尋ねなくても、早々に自ら「この頃ものすごく忘れっぽくて困っています」と訴える方も多いですが。

つい先日、88歳のHさん(女性)に「もの忘れは気になりますか?」と尋ねると、
「もの忘れは心配しているけれど、自分ではないつもり。一瞬、忘れることは多くなったけど、落ち着いて考えると大丈夫。大事なことは思い出します。でも忘れることは多くなりましたよ。スポッと忘れることはないですけれどね。忘れることは確かに多くなりましたけど、まあ歳だからしょうがないなと思ってます。でも大事なことは覚えています。まあ忘れることもあるといえばあるけれど…」と答えがぐるぐる。

もの忘れが気になるのです。
もの忘れがあると思う、ないと思う、どちらもほんとの気持ちでしょう。

もの忘れの自覚があるかないかは1つの指標となりますが、認知症の少し手前の状態や、認知症の初期では、自覚があることがほとんどです。
昔は、認知症の人は自分では分かっていないから楽でいいわよね、なんて言い方もされていましたが、最初にもの忘れに気付くのは自分自身です。そして人知れず悩んでいる期間が長く続くことが多いです。
人の名前が出てこないとか、ついうっかり約束を忘れていた…なんてことは誰にでもあると思うのですが、ここで言っているもの忘れはもう少し深刻で、「さっきもこの話、したでしょ?」と言われても全然思い出せないとか、「昨日〇〇に行ったよね」と言われても全く覚えていないとか、ざわっとするような記憶の欠落。「ああ、そうだったわね」と取り繕いながらも、内心はそうだったかしら…と不安になる。

Hさんはごく軽度の認知症の方です。
Hさんのように、なんかおかしい…、いやでも大丈夫、という2つの気持ちを行ったり来たりする方は多く、尋ねる度に「(もの忘れが)気になる」「気にならない」と答えが変化することも少なくありません。
なので「もの忘れはありません」と言ったからといって全く自覚がないのかといったらそうでないこともあるので、「自覚のない人」とすぐにくくることはできないのです。

Hさんはもの忘れ以外にも気になることがあるようで、おずおずと最後に「あの。聞いていいですか?」と質問されました。
「私お酒、強いんだけど、これっていいの?」
お一人暮らしをされているHさんは、土日に赤ワインをグラス2杯飲むのが日々の楽しみだそう。「土日以外にも飲みたくなってしまって」。
飲みすぎなければいいと思いますよとお答えすると、かかりつけのお医者さんからもそう言われたとのこと。であればぜひ楽しんでください、そう言うと嬉しそうでした。
10歳くらいは年齢より若く見えるので、そうお伝えしたときも嬉しそうでしたが、ワインの話をするときはもっといい表情になって可愛らしい方でした。
日々の楽しみがあるという話をお聞きすると何というか、とてもほっとします。

満開をちょっと過ぎて、花びらのじゅうたん。

小さな公園も桜のじゅうたん。仕事帰りの道すがら。

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