83歳のAさん(男性)は、長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)とMMSEという30点満点の認知症簡易検査でそれぞれ3点、8点でした。これは重度認知症と評価される点数です。
実際にAさんの認知症はかなり進んでいて、語彙も大分少なくなっているようでした。
言葉の意味理解も低下していますが、簡単なやりとりは可能で、ご自身のお誕生日も正しく答えることができました。
ところが年齢を尋ねると、「46」ときっぱり。
「46歳?」「(頷いて)うん」。
(ああ、今その時代にいらっしゃるのですね。あるいはその数字が好きなのかな?)
やりとりしていると、Aさんから時々「うわの空」という言葉が出てきます。
会話のときだけでなく、復唱課題というのがあるのですが、そのときもちょっと長い文章になると、途中で「うわの空」が出てくる。
課題の質問の意味が分からないようなときも、「…うわの空」。Aさんの口ぐせのようです。
その言葉が好きなのかしら? 言った時の感じが心地よい?
Aさんは「うわの」というところにちょっと力を込めて「空」までを心なしゆっくり気持ちよさそうに発音するので、聞いていても何だか心地よい。
「うわの空」。知っている言葉ではありますが、何となく改めて調べてみました。
出典:デジタル大辞泉(小学館)
1. 他のことの心が奪われて、そのことに注意が向かないこと。また、そのさま。心が浮ついて落ち着かないさま。
2. 天空。空中。そら。
3. あてにならないこと。根拠がなく不確かなこと。また、そのさま。
ちょっと、言い得て妙という感じもしないでもなく。
ところで検査には構成力などをみる模写課題というのがあるのですが、Aさんは重なった五角形や、立方体を、正しく描くことができていました。
また抽象的思考力をみる課題では、例えばリンゴとバナナであれば「果物」のように、似ているところ、共通しているところを答えていただいくのですが、時計と定規の共通点を「はかりもの」とほぼ正しく答えることができました。
30分以上かかる検査に最後まで穏やかに、「うわの空」でなく落ち着いて取り組んでくださいました。
不確かな世界で生きていらっしゃるAさんの、今できていることに少なからず感動します。

石畳の間からも小さな新緑。